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名古屋大学情報学部

スペシャルインタビュー

インタビューイメージ

「生きやすい社会」のため、共に描き続けるフィクション

久木田 水生 准教授

【所属】大学院情報学研究科 社会情報学専攻
【担当】情報学部 人間・社会情報学科

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興味深いのは、科学技術は人と社会にどのようなインパクトを与えるのか?ということ

-久木田先生の研究について教えてください。

情報学の中にあって哲学や倫理学を研究しています。言語や記号による情報伝達・コミュニケーションはいかにして成立するかということ、社会・科学技術・人間がどのような関係にあるかということに関心があります。特に最近は、人工知能やロボットの発展が著しいですが、それらが社会にどんなインパクトを与えるのか、人間の自己意識や世界観にどういった影響を及ぼすのかということに焦点を当てて研究しています。

哲学は一種の「フィクション」「私たちが知っているほとんどすべてのこと」を使い、理解と無理解とをまとめ上げ仮説を立てるもの

-研究を深めていくには、どんな知識、意識を持っておく必要がありますか?

哲学は科学の一部という人もいますが、私は、科学が明らかにしていないことを扱うものだと考えています。この世界はどのようなものなのか、人間や社会とはどんなものなのかについて、一つの統一的な見方を考え出し提示することだと。何かベースとなる知識を積み上げて使うというより、今、科学が明らかにしていて私たちが理解していること、していないことの二つを調和させまとめる。「ここがこうなっているのではないか?」と仮説を立てることだと思います。そのために私たちは、わかっているほとんどすべてのことを使っていると言えるのではないでしょうか。哲学の理論は、納得のいくストーリーを描ければ、一種の「フィクション」ととらえても良いと思います。科学を無視しても許される「小説」ではなく、今の科学や技術と整合性のとれている全体像を描くことの「フィクション」です。

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やりたいのは社会の質をあげること 一番大切なのは教育です

-先生の考えや研究は、私たちとはどのように関わっているのでしょう?

学問は、すぐ役立つものとそうでないものがあると思います。私がやっていることはわかりやすさはないけれど、やりたいのは社会の質をあげること、民主的に成熟した社会をつくりあげること。それには何が必要かを考えています。生きやすい社会づくりに貢献したいけれど、どこにどのように貢献できているのかは簡単には示せません。私の授業を受けた学生、研究指導を受けた学生、あるいは私の書いたものや話したことに触れた人たちが、面白かった、気づかされるところがあった、人として成長できた等々と思ってくれれば、それが私の研究の成果です。一番やらなくてはならないのは教育だと思っています。「今の科学で明らかなのはこれで、この技術はこんなもの、利便性と危険性はこれ」といったことをたくさんの人に考えてもらい、わかってもらうことです。私たちは科学とどう付き合っていくべきか、どうしたら有効活用でき悪い方にいくのを防げるかを考え、社会に提案していくことです。

哲学者の内田樹さんは、自分の仕事は「掃除」と言っていました。すぐ皆が使え永続的な、科学技術の発見や発明と違い、私たちの仕事は、新しい理論を出したらそれでOKではなく、世のためそれをどう応用するか、どう世の中に普及させ、浸透させていくかなのです。掃除は一回やって終わりではなくゴミがたまるたびにやらなければいけない。堤防はアリの穴一つで崩れると言います。その小さな穴を塞ぐことは、誰にも讃えられないし気づかれもしない。でも将来起こりうる大損害を防いでいる。教育ってそういうことだ、と内田さんは言っています。社会でちゃんとやっていける人、より良い構成員としての真っ当な市民を育てることが私たちの仕事です。

倫理はやって良い悪いを区切るものでもありますが「ここまでのことをしたらそこから先は自由にやってOK」と、やりやすい状況をつくり、活発な研究開発を促す側面も持っています。科学者や技術者が「倫理的配慮を持って臨んでいます」とアピールすれば、社会も安心するだろうし、社会と科学者との間に良い信頼関係が生まれると思うのです。そのような信頼関係を構築し、研究開発をやりやすくする役に立ちたいですね。

「この人と何かしたい!」「久木田くん一緒にやろう」−私が今、ここにいる理由

-久木田先生はなぜ、この研究にたどり着いたのでしょう?

高校の時は数学も好きだったのですが、入ったのは文学部でした。本をいろいろ読み、やりたいことが絞りきれませんでした。哲学ならいろんなことに対応できると考えたのですが、専攻配属のガイダンスで「この人に学びたい!」と思う先生に出会ったことが、一番の理由です。

私がここまで来られたのは「この人と研究したい!」の気持ちと「一緒に何かやらない?」のお誘いがあったから。そんな個人的な関係に導かれ、今やっていることのほとんどはそこに由来している。いろんなことに対応できるように心がけて来て、結果今はこれをやっている、という感じですね。「翻刻」という、昔の人の手書きの原稿を電子化する作業を支援するソフトウェア開発に関わっているのも、もともと言語やコミュニケーションに興味があったから。自分の興味の向くまま、人に導かれるままやっている。それができたのは哲学をやってきたからです。何となくの成り行きで(笑)。

「論理学」という、言語の持つ形式的な側面の研究があります。数学の一分野みたいなもので、私たちが普段使っている言語とは違い抽象的なものです。言語が好きで言語の持つ問題を考えた時「論理学をやらなきゃ」となりました。論理学はコンピュータの基礎であり、人工知能にも密接な関連がある。そこでコンピュータや人工知能に興味を持ったのです。プログラミングも学びました。そうしたら、人工知能って今すごく発展していますが「これはえらいことになるぞ!」と感じたんです。アメリカやヨーロッパに、人間の道徳的行為や意思決定を、人間のかわりに機械にさせようという研究があると聞き、面白いのと同時に何か重大なことだと直観したんですね。そんなことになったら「人間て何?」「人間同士の関係て何?」ということになるぞと。

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名古屋大学に来てよかった−いろんな人と協力して世の中を良くしていける場所

-情報学部を目指す受験生へのメッセージをお願いします。

最近、動物行動学、進化生物学、神経科学、心理学などの自然科学の分野で、道徳性についての様々な新しい知見が得られています。それらの知見を集め、「道徳って何だろう」という問いに対する新しい答えをつくらなきゃと思っています。道徳における感情や身体性の重要性も考え直した上で、人工知能に実現できるだろうか、ということを神経科学、認知科学、ロボティクス、人工知能の人と協力して研究したいと思っています。人のかわりに機械に何か道徳的な判断や行為をやってもらおうということではなく、道徳的な機械をつくろうという試みの中で「道徳って何だろう」ということを新しい視点から考察したいのです。最先端の科学と工学に照らして道徳を考え直したいと思っていますが、道徳には科学的・工学的に捉えきれないものがあるだろうとも思っています。

欧米と日本の道徳観の違い、それぞれの長所短所にも興味があります。そういう多面的な視点が重要だと思います。私たちの生きている社会とは違うけれど、例えば明治の人たちは、近代化してゆく世に対する批判、西洋文明がすごい勢いで入ってきて、日本の伝統と置きかわっていくことへの賛否両論を持っていた。夏目漱石は近代化を肯定的に捉えているのだけれど、何か嫌な部分もあるな、ということも同時に感じていたと思うんです。そのような葛藤が社会や人間に対する漱石の深い洞察を生み出したのだと思います。道徳について考察する際に科学的工学的な視点を導入すること、欧米と日本の考えを比較することが、人や社会を見つめ直す機会を提供してくれるかもしれません。

名古屋大学のこの学部、研究科に来て良かったと思うのは、いろんな分野の人がいること。工学、数学、美学、哲学、心理学、認知科学、計算機科学・・・本当にいろんな人がいて、日常的にアイデア交換をしているんです。技術的なことをどう社会に応用していくべきかというような、倫理的な問題に関心のある工学系の人にとっては最適な場所では?人文系を志す人でも、技術や科学とどう向き合っていくべきかを考えるにはぴったりだと思います。私みたいに何がやりたいか決められないという人にも良いと思うし(笑)。 「Late Specialization」といって、早めに専門に特化させるのではなく、まずは幅広い知識や教養をしっかり身につけてから専門に行くこともできるというのも情報学部の特徴の一つです。いろんな人と協力して世の中を良くしていきたいと思っている人、歓迎します。

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